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2017年07月27日

事件1周年を機に相模原事件の理念は伝えなければいけない





 知的障害者19人が殺害となった戦後最悪の殺人事件相模原殺傷事件から1年が経過した。殺人ということで許されるものではない。しかし伝えていく理念は存在する。それは「障害者は邪魔である」という観点だ。

 考えてみてほしい。知的障害者を生かしていて何の得があるか?まともな仕事もできない、そもそも自分だけで生活することができない。もちろん愛国者であるはずがない。日本が普通の国になったとしても敵と戦うことができるわけがない。せいぜい自爆テロ要員としてしか使えないのではないだろうか?つまり平時においては金食い虫である。

 この施設では149人の障害者に対し、職員が164人もいる。これではいくら職員を薄給でき使わせたところで採算が取れるはずもない。そんな状況では国民の税金が無駄に使われるのがオチである。無駄な福祉費を使わなくて済ませることが国家に対する重大な貢献となる。

 ここで考えるべきはたとえ見た目が知的障害でなくても排除すべきであるということだ。おりしも加計学園の閉会中審査が開かれていたが、加計学園が獣医学部を作ろうとした愛媛県の加戸前知事は前川喜平を「想像を事実のように話している。精神構造を疑う」と述べている。このことからわかるように、見た目は健常者でも精神構造のおかしい人間は多いということだ。特に加計学園の件で安倍首相を悪者にする人間はまず精神構造がおかしいとみて間違いない。

 障害者だから排除しろというのは間違っているのだ。実際には障害者であろうとなかろうと日本に邪魔なものは排除しなければいけない。そこに差別は存在してはいけないのである。真に差別をなくしたいならば加計学園で安倍首相を悪者扱いする人間も排除する必要があるだろう。
posted by 愛国 at 00:00| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする