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2009年10月30日

死刑と冤罪について

 足利事件における冤罪はひどいものであった。しかし、さらにそれを上回るかもしれない衝撃が待ち受けているかもしれない。
 
 福岡県飯塚市でおきた飯塚事件。誘拐殺人の容疑で死刑執行された久間三千年さん(死刑囚は死をもって贖罪はすんだと考えるので敬称をつけておく)が無罪かもしれないというのだ。

 足利事件と同時期に同じ方法で捜査段階に実施されたDNA型や血液型の鑑定について、結果に誤りがあるというのだ。

 これが事実なら大変なことである。菅谷さんはまだ生きているからよいが、久間さんを生き返らすことはできない。これは大変なことである。

 これで千葉法相が一時的に死刑の執行を停止させることがあっても止むをえないであろう。飯塚事件は要は言いがかりのようなものだから、誰にでも疑われる状況で殺されることがあってはならない。

 だが、一時的な死刑の停止はともかく、死刑制度を廃止するのは絶対的に間違っている。死刑制度によって治安が安定することを忘れてはならないのだ。1人の殺人者を死刑にすることによって、3〜18人の命を助けることができたかもしれないという結果が出ている。
http://labaq.com/archives/50693235.html

 さらに死刑制度は日本の歴史が育んだ由緒ある伝統であることも忘れてはならない。そもそも世界共通語になった「ハラキリ」こと切腹も立派な死刑制度の一つである。(名目上は自殺ではあるが)世界共通語を生んだ切腹に連なる制度なのだ。

 伝統芸能を残さなければならないのと同様に死刑制度も残していかなければならない。

 だから死刑制度は残さないといけないのだ。
ラベル:死刑
posted by 愛国 at 02:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
死刑は国家による殺人だと言われますが、戦争もそうですね。大戦争の責任者であった東条やフセインはそれで死刑になり、ヒトラーやムッソリーニも似たような運命でしたが、ブッシュはのうのうと生きています。日本にも天寿を全うした人がいましたね。結局のところ、死刑が殺人を予防するかどうかには結論がつけられないようです。
ハラキリが日本の由緒ある伝統だと言うのなら、政治家の伝統のある家系出身の首相が1年で政権を放り出すくらいなら、腹を切って欲しかったですね。
Posted by tanakk at 2009年10月31日 17:20
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