検索
 

2011年07月11日

愛国心の一環として安楽死も認めるべき





 京都で妻の遺体を放置した男が逮捕された事件があった。だが、妻の死因は病死で、末期がんであったという。妻はお金がかかるとして治療を拒否し死ぬ道を選んだのだ。なんという愛国心の発露であろうか!感動のあまり泣いてしまった。

 苦しまずに死ぬ−。この事件はまさに安楽死の形をとっていると言っていいだろう。私は他人に迷惑をかけないという意味で自殺を愛国心の発露と賛美している。だが、愛国心の発露は自殺だけではない。安楽死もそうだと言っていいだろう。

 安楽死とはすなわち緩やかな自殺であったのだ。安楽死ならばこの事件のように莫大な治療費も削減できる。つまり国家財政にとっても喜ばしいことなのだ。安楽死は自殺と違って法的には認められていない。一応、安楽死を行っても実質的には犯罪にはならないが条件は厳しく二の足を踏むのは事実だろう。

 そこで国は安楽死の要件を積極的に緩和するべきなのだ。おりしも今日で東日本大震災が起きて4か月になる。当然自殺したい被災者もたくさんいる。安楽死ならば楽に自殺できるので簡単に愛国心の発露を示すことができる。

 自殺だけが愛国心とは限らない。安楽死も公認して日本を更なる愛国国家にしようではないか。
posted by 愛国 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> そこで国は安楽死の要件を積極的に緩和するべきなのだ。おりしも今日で東日本大震災が起きて4か月になる。当然自殺したい被災者もたくさんいる。安楽死ならば楽に自殺できるので簡単に愛国心の発露を示すことができる。

> 自殺だけが愛国心とは限らない。安楽死も公認して日本を更なる愛国国家にしようではないか。


不覚にも笑ってしまった。

なりすましなのか、お笑なのかよくわからなくなったww
Posted by at 2011年07月12日 00:28
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。