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2012年08月05日

正義のためなら多少の犠牲はやむを得ない





 国士・デヴィ夫人が大津のいじめ殺人事件の加害者を公開し、国民の喝采を浴びたのは記憶に新しい。だが、その中に無関係の女性が紛れていたとしてその女性がデヴィ夫人に対し、損害賠償とブログでの謝罪文掲載を求める訴訟を起こした。だが、この告訴は間違っており、デヴィ夫人は何も悪いことはしていないと断言できる。

 そもそも原告の女性はなぜ出てきたかというと、主犯・木村束麻呂の父親である木村真束とともに写っていたからである。とはいえ、なぜここまで個人情報を暴いたからかというと正義のためなのだ。このままでは木村たちは何も制裁を受けることなく人生を過ごしてしまう。だからこそ、痛めつけるために個人情報を公開して攻撃をしているのである。

 言うまでもないことだが、一番悪いのは木村束麻呂である。したがって文句を言うのならば束麻呂にいうのが筋、デヴィ夫人は何も悪くはないのだ。原告もこんなろくでもないバカ親を知り合いだった自己責任がある。正義のためならば多少の犠牲はやむを得ないということは明らかではないか!

 原告の苦しみなど被害者の苦しみに比べれば大したことはない、にもかかわらず無関係の第三者であるデヴィ夫人に賠償を求めるのは筋が通らない。本当に賠償すべき相手は木村真束である。

 デヴィ夫人は正々堂々と戦うべきである。敵は当たり屋であると言っているのだからブレはないはずだ。どうしても相手に申し訳がないと思ったら木村束麻呂・足立晃也・小網健智をブタ箱に押し込め社会的に抹殺するよう仕向けるべきだろう。それがこの女性に対する最大の謝罪になるからだ。
posted by 愛国 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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