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2013年01月04日

箱根駅伝が感動的なのは苦しむ姿があるからだ





 第89回箱根駅伝は日本体育大学が実に30年ぶりの優勝を果たした。柏原が卒業した東洋大は2位、優勝候補と目された駒大は3位だった。また中央大と城西大が5区で途中棄権という展開となり、中央大は28年間続いたシード権が途切れる結果となった。

 日体大は昨年は歴代最低の19位、当然予選会からの出場からだったが、そこから巻き返しての優勝。予選会からの優勝は神奈川大以来16年ぶりだったが、神奈川大は前年度に優勝候補といわれながらまさかの途中棄権となったわけであり、事実上初めての快挙といってもいいだろう。

 毎回感動を与えてくれる箱根駅伝、なぜ感動的なのかといえば選手の姿に感動するからだ。選手たちは20キロもの距離を走って非常に苦しくなる。その姿に感動をしてしまうのだ。私もとても興奮してしまうのである。

 そしてそれは学校教育にも同じことが言える。学校で体罰をすれば受けた側は当然苦しむ。痛みを味わうからだ。だが、同時に体罰を与える側も苦しんでいるのだ。生徒児童を痛めつけたいために体罰を行うの者は論外だが、本当に生徒児童のことを考えて体罰をするのである。そしてそれがともに協力することを学び一体感が生まれよい結果が出せるのである。

 箱根駅伝は体罰の偉大さを教えてくれる。箱根駅伝が好きになれるならば体罰も好きになれるはずだ。一刻も早い体罰の合法化をしなければ日本が日本でなくなってしまう。

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ラベル:箱根駅伝 体罰
posted by 愛国 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 そもそも体罰は明治時代から欧米からとりいれられたんですが…。
 日本人の体罰をみて喜ぶのはそれこそあっちの人だと思われますよ?
Posted by それは違う at 2013年01月04日 02:24
論点をすり替えるのはやめましょう。体罰とスポーツを同一視しているのですか?体罰は現在犯罪です。懲戒権の逸脱ですし。これを合法化するには、体罰を違法としていることが違憲であることを証明する必要があります。または、体罰を行う事が、指導の目的とその達成手段との関係においてどれだけ合理的であるかが審査されるべきです。例えば監獄における形務官と受刑者、留置場におる警察官と被拘束者等のいわゆる特別権力関係にあれば体罰も認めてよいと思います。なぜならこれらの関係は、刑事訴訟法により規定されており、被拘束者側には上訴、再審請求、保釈請求、準抗告等様々な防御手段があり、審理の機会も与えられており、デュープロセスにのっとっており、法の支配の原則にのっとていますので、合理的といえるでしょう。さて、この関係を学校における「児童・生徒・学生」と「教師」の関係に準用できるでしょうか?「児童・生徒・学生」であるという「本人にとって選択可能性の少ない身分関係(特に義務教育)」によって、「教師」という「特定の身分」の者から暴力を受けることを甘受させられるのは、憲法14条に反する可能性があり、体罰合法化は難しいのではないでしょうか。合法化を目指すならば、教師を学校内における特別司法警察職員にすることを目指す方が現実的だと思います。あるいは学校に警察を置くとか。それほど「体罰」という名の「暴行」や「傷害」を合法化するのは難しいわけです。実力行為は、個人の勝手な感情で行われないように一定の規則性と抑制が必要と思われますので。以上によりあなたのいう「日本が日本でなくなるから体罰を合法化せよ」という抽象的な主張では、体罰を合法化することは困難だと思います。以上が体罰合法化についてです。スポーツを体罰とリンクするのは少し無理があるかと。スポーツはそれを行う者にやめる自由があります。訓練者と被訓練者に訓練内容について同意があることも推定されます。従って体罰のような「身分関係」はありません。以上により体罰とスポーツは切り離して考えるべきと思います。
Posted by 自称おせっかい at 2014年08月26日 02:01
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