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2015年10月26日

第八回「真の近現代史観」懸賞論文受賞者発表





 ノーベル賞とならぶ10月の風物詩となった「真の近現代史観」懸賞論文。第八回の結果が発表され、最優秀藤誠志賞はケント・ギルバート氏の「日本人の国民性が外交・国防に及ぼす悪影響について」であった。史上初めての外国人の受賞となり、この論文が世界的になったことを証明している。

 昨年の最優秀賞である杉田水脈氏は今年は佳作、また昨年優秀賞の青柳武彦氏も佳作となった。一方今年の最優秀賞は昨年は佳作だった中村俊幸氏の受賞となった。この論文大賞の特徴に複数回受賞者が多いことが挙げられるが、裏を返せばまだまだこの賞を知らない人が多いということ。もっと多くの人にこの論文の存在を知ってもらう必要があるだろう。

 さて最優秀賞の「日本人の国民性が外交・国防に及ぼす悪影響について」だが、アメリカ人の立場から日本人のすばらしさ、日本の歴史の偉大さ、当時のアメリカがいかに卑劣でろくでもない政府を持っていたかを克明に証言している。党のアメリカ人がそう言っているのだから間違いない真実である。これでますます日本人として誇りが持てる、そういう論文となっているのだ。

 残念ながら現時点では見れないが他の論文も当然レベルの高い内容といえるだろう。もちろん最優秀賞には劣るのかもしれないが、それでも反日左翼が書く文相に比べれば高レベルである。何故ならば愛国心を持つことで頭がよくなるのだから。

 さて、この論文もはや8回目。田母神氏の受賞で物議を顔した第1回から順調に権威を得てきている。まだ10年もたっていないがこの論文懸賞の価値は芥川賞や直木賞をすでに上回ったといっていいだろう。また、政治的な偏向も目立つノーベル賞よりも価値があるといっていいだろう。村上春樹はこちらの論文に応募をすべきであろう。

 実は私は今年は忙しくて執筆に時間をとることができず投稿は見送ってしまった。しかし来年はきっといいのを仕上げて賞金がもらえるようにしたい。そして私の名前を偉大な先人たちと一緒に歴史に残したいものである。そして来年こそは入選をしたい。そう思っている。
posted by 愛国 at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
センセの母国語はホントに日本語なんスか?
Posted by 特高隊員 at 2015年10月26日 16:53
日本の朝鮮統治は赤字を貢ぎ莫大な資産を残した説赤字の分はそっくりそのまま朝鮮人民の福利厚生と蓄財に注がれた、と言いたいようで。
 検証すべきステップをいくつもワープした物言いですが、、いちおう検討してみましょう。
まとめ@ 総督府は(日本から見て)黒字で終わった。「赤字」が朝鮮人民の懐に入った形跡は無いA 赤字が残ったとしても単に統治に失敗しただけで、自業自得
B 総督府の借金を上回る鉄道投資が行われ利益を出していた。幹線の初期投資は元本回収済み、朝鮮は利益を貢いだ側
C 借金残は日本が自ら引き起こしたハイパーインフレで紙くずになった。民間人もどのみち財産税で資産を失う運命だった
D 植民地支配下で日本人が独占的に稼いだ利益、資産はそのまま朝鮮民族の機会損失。接収されても文句は言えない
E 賠償をまけてもらった講和条約の枠組みの中で在韓資産を放棄したのだから、文句を言える筋合いにない
F 戦後の韓国から見れば米国の援助が日本の遺留資産をはるかに上回っており、日本の遺産で発展したとは言えない。
朝鮮総督府が赤字経営だった時期もありますが、ムダ遣いしても、ムダな物に投資して失敗しても赤字になりますし、日本から進出した企業に貢いだのなら朝鮮人民には関係のない話ですね。税収増や事業収入でペイできるように開発政策と税金を設計していなかったなら、それは政策立案のチョンボです。そして、ムダでない資産については、植民地支配がなければ朝鮮民族自らの手で建設し自らの物にしていたでしょう。併合期の35年という月日は、インフラへの有効な初期投資を回収するのに充分な時間です。日本はその機会を奪って自分の資産として握り続けただけですから、これまた感謝しろと言える筋合いではありません。
 支配者の立場を利用して得た鉱山採掘権、企業利権についても同様です。植民地支配がなければ朝鮮民族自身によって資金調達され、事業が興され営まれていたのですから、日本の儲け=朝鮮民族の機会損失という事になります。平和裡に築いた海外資産とは訳が違うのです。「日本人が額に汗して稼いだ」云々という物言いは、額に汗して美味しく稼ぐ機会を朝鮮民族から奪った事を都合よく忘れているだけです。
必要な議論はこれだけで満たしていると私は思いますが、せっかくですので数字も確認してみましょう。
国債で投資し、官業で稼いだ総督府

インフレと戦時体制移行で数字がズレ始める直前あたりということで、1935年の朝鮮総督府決算を見てみることにします。
★ 官業会計のウェイトが大きい。収入源は広く薄く
鉄道と専売事業(たばこ、人参、塩、阿片(!))、資産収入で1億76百万円を得ています。経費として鉄道、専売、営林署、逓信(郵便、電話等)の費用を差し引いても35百万円が手許に残った勘定になります。

 一方、租税収入は64百万です。内訳は下の通りで、付加価値生産に応じてかかる税(所得税、営業税など)のウェイトが低く、そうでないもの(酒、土地、砂糖消費)からの税収で半分以上に達しています。
 地税は実際には地税は小作人に転嫁されるのが通例だったという事なので、担税者の主力は小作人、酒呑み、甘党となり、貧富にあまり関係なく広く税が負担された事になります。更に専売収入の大半はたばこですから、総督府の税・事業収入の過半が、朝鮮の土地と朝鮮民族の嗜好品消費活動に依存していた計算になります。
★ 前年度剰余を繰り入れ、毎年余して次年度に繰り越している。

 単年度毎に余剰を回収されなかったのですから、総督府の自由度が大きかったということでしょう。1910年度以降毎年繰り越しており、1940年度末の繰越額は1.8億円に達していました。
★ 税金がとりたてて安かった訳ではない。
朝鮮総督府の税務課が第86回帝国議会に出した説明資料(不二出版復刻版の第10巻P267-269)によれば、一人あたり所得と担税額、担税率は次の通りでした。1943年度 一人あたり所得 一人あたり担税額 租税負担の割合 日本内地 817円 116.792円 14.2% 朝鮮 158円 18.968円 12%
 5倍を超えるすさまじい所得格差ですが、それでも12%程度しか違わない担税率です。累進課税制度であれば、平均負担率はもっと差が開くべきです。所得見合いでは、朝鮮での税負担はむしろ割高と言える水準だったとも言えるでしょう。
★ 公債費収入を受け入れ、国債整理基金に返している。
朝鮮の開発に必要なる継続事業費は朝鮮の一般歳入を以て之を支弁する余裕なかりしを以て、此等の財源は総て公債もしくは借入金に依ることとし…(中略)…大正八年三月、事業公債金特別会計法の公布に伴い、朝鮮事業公債金特別会計法は廃止せられ、朝鮮に於ける国債は中央政府に於て、一般事業公債と共に統一整理することとなれり」 (1941年度朝鮮総督府施政年報、P107-108)
 つまり、鉄道や港湾、道路などへの初期投資をするだけの財源が朝鮮自身にはなかったので公債を発行して借りた、1919年以降の発行分は日本本国の国債と一体化した、ということです。発展途上国、そして戦後スッカラカンになった日本も、外国や国際機関から借金してインフラを整備しました。これと似たファイナンスです。余談ですが、東名高速の静岡県内区間を建設するため日本が世界銀行から借りた借款を完済したのは1990年7月で、この日まで日本には借款の借入残がありました。国外からの開発借款がある事を発展途上国と定義するなら、日本はこの日まで発展途上国だったのです!

 という話はともかく、借金と赤字はイコールではありません。借金で投資した案件が経済的に成り立つもので適切に運営されるなら、返済期間は長いかもしれませんがいずれ完済できるものです。日本が朝鮮に建設した鉄道のうち、輸送の4分の3を占めた4幹線は1914年までに全通していますから、30年以上も経った1944年には投資が回収され、朝鮮の完全な所有に帰しているべきものでした。そうならなかったのが、侵略の侵略たる所以です。ともかく、1940年度末に朝鮮総督府が負っていた借入残は9億6413万円でした(1941年度朝鮮総督府施政年報、P109)。
★ 日本政府からもらいっ放しのお金は「補充金」、ウェイトは1割未満
投資残高を赤字と勘違いしている向きを除けば、正味赤字と言い得るのはこの補充金ということになります。1935年度の歳入に占める割合は3.9%(右上グラフ参照)、金額の推移は次のグラフのような按配でした。
1944年度以降は決算ができなかったものと思われますが、敗戦の年1945年まで予算通り全額支払われたとすると、朝鮮総督府が受け取った補充金は36年分総額で4.4億円になります。

自業自得、「自己責任」と書いて猫の絵でも添えたプラカードでも突きつければ(趣味は悪いですが)済んでしまう「植民地経営の赤字」ですが、いま少し掘り下げて遊んでみましょう。

支出/収受を見る:「赤字」は朝鮮人民に貢がれてない
★ 収支トータルでは累積6億円以上の黒字だった公債による借金は後で見るとして、まずはお金の「もらう・あげる」から見ましょう。
 軍事費繰入金というのは、1937年以降、日本本国の軍事費を朝鮮総督府が一部負担したものです。要は日中戦争で台所が回らなくなってきたから、自国の戦争の費用を朝鮮にも分担させようという趣旨です。
 そんなの朝鮮人民の知ったことではありませんが、ともかく負担させたのは事実で、このお蔭で日本政府からみた朝鮮総督府の累積赤字は1937年の3.1億円で底を打ち、1943年には黒転、1944年度末には予算ベースとはいえ瞬く間に5.8億円の累積黒字を積んでしまいます。

 赤字じゃないじゃないか。黒字じゃないか!
どうしてこれが広く知られていないのかな。おそらく、「1936年まで朝鮮は軍事費を1円も負担していなかった」論が煙幕を張っているからなのでしょう。元から応分の負担をしていればもっと赤字になった筈だ、と。とんでもありません。@ 朝鮮に居た日本軍は、日本が外征するための軍隊。専守防衛には過剰で日本本国ですら重い負担になっていたし、朝鮮を日本から護っていなかったのは自明の理で、そんなもの朝鮮人民が費用負担するいわれはありません。日本の侵略戦争だった日中戦争、アジア太平洋戦争の戦費についても同様で、特に後者は連合軍が結果として解放軍になった故、朝鮮にとって全く無駄な戦いでした。
 A 日本が朝鮮統治などしなければ出費しなくて済んだもの、どのみち日本国内で出費する事になったものは、朝鮮にツケを回す道理がありません。
 B そもそも帳簿外の話をしていいんだったら、未払い賃金とか賠償とか、いくらでも拡散していきます。議論は整理よくやりましょう。ここでお話ししているのはあくまでも総督府の帳簿の収支です。

★ 貸し借りを含めて考えても、政府部門は朝鮮側の持ち出し

 国庫資金に日本軍の軍事費が含められているため、ほとんどが戦時国債である「日本の有価証券購入」ひとつで朝鮮からの大幅持ち出し(5億円弱)確定です。1945年6月末時点では銀行部門だけで国債保有高が27.4億円に膨れ上がっています。なお、この金洛年教授の計算では一般民間会社の投下資金残高を11.4億円と算出しています。上記の1945年6月末国債残高を加味して政府部門と合計すればやはり朝鮮側持ち出し超過の推算となります。

★ 補充費に匹敵する正貨準備を朝鮮から得られた。充分ペイしている
1910年から36年までの累計で朝鮮から持ち出された金(きん)の合計は、ネット(出入りの差分)で3.2億円弱です。同じ期間の日本→総督府の補充金合計は約3.2億円で、ほぼ同じ水準です。また、日本への移出額(ネット)を統計年報から入手できた1927-36年の8年間を見ると、全ての年で日本へは移出超過、外国へは輸入超過か±ゼロとなっており、8年間トータルでは朝鮮からの持ち出し量合計プラス34百万円分の金(きん)を日本に移出しています。私はこれだけでも総督府への補充金は充分元が取れていると考えます。金資金特別会計というものが別途からんでいたようですが、関係ありません。理由の第一は、当時の世界では金本位制、つまり金(きん)が貨幣の基本という考え方が非常に強かったからです。
 第二に、日本帝国がこの朝鮮の金(きん)に払ったペーパーマネーの日本円は、後述するように戦後紙くず同然になったからです。
 結果として、日本帝国は朝鮮から紙くずで金(きん)を買ったのです。
金本位制(明治序盤の日本は銀本位制)においては、銀行券は正貨である金(きん)の引換券として発行されます。本物のお金(かね)である金(きん)の代わりということで、これを兌換券と言います(右上画像は、かつて日本で発行された兌換券の5円札)。よって、発行できる銀行券の量は、発券銀行が持っている金(きん)の量で決まりました。概ね金(きん)準備高の3倍程度が上限です。日本が輸入超過になると、日本円を受け取った外国の銀行が日本銀行に来て、日本円と金(きん)の交換を要求します。これが過ぎると日銀の金準備高が減り、発行できる銀行券も減って経済が縮む、という仕組みです。現在の日本円は信用を裏づけとして発行されているだけの管理通貨ですが、戦後のブレトン・ウッズ体制も米ドルの金兌換を裏づけとしたし、今でも米国FRB、日銀を含め多くの中央銀行は金(きん)を信用担保の一環として保有しています。1930年、世界恐慌のさなかに日本は金輸出を解禁して金(きん)の国外流出→昭和恐慌の激化を招き、翌年末に金本位制をギブアップしています。ちょうどこの時期、金の朝鮮から日本への移出が急増しています。日本が恐慌下で金を大量に国外流出させていた1930-31年はもちろん、金本位制をギブアップした後もなお金には外貨準備としての意義がありましたから、この朝鮮からの対日移出は日本の金融システムの大きな支えになったはずです(日本銀行百年史第4巻第1章P71〜82参照)。
Posted by 愛新覚羅溥儀 at 2015年10月28日 10:57
真の愛国者なら、万難を排して、この論文に投稿するんじゃないのか?
愛国先生もまだ修行が足らないようですね。
Posted by あ at 2015年11月03日 01:46
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